はじめに:なぜ思考は混乱するのか

私たちが何かを考えようとするとき、しばしば混乱に陥ることがあります。議論がかみ合わない、話が堂々巡りになる、結論が見えない——こうした状況の多くは、実は「使っている言葉の粒度が合っていない」ことに起因しています。

粒度とは、物事を捉える際の細かさや大きさのレベルのことです。たとえば、ある人が「都市」という単位で話しているのに、別の人が「建物」という単位で話していたら、会話は成立しません。同じように、思考のフレームワークを考えるとき、異なる次元の概念を同じ土俵で扱ってしまうと、理解が歪んでしまうのです。

この講義では、思考を整理するための基本的な軸について、その本質的な違いを明らかにし、より深い理解へと導きます。


第一章:具体と抽象、発散と収束——何が違うのか

混同されがちな二つの軸

思考を整理する際に、よく登場する概念があります。それが「具体と抽象」そして「発散と収束」です。一見すると、これらは似たような対立概念に思えるかもしれません。しかし、実はまったく異なる次元の話なのです。

具体と抽象:情報量の話

具体と抽象は、情報量の多寡に関わる概念です。

具体的であるということは、情報が豊富であることを意味します。たとえば「2025年10月22日午後3時、東京都渋谷区の交差点で、赤いワンピースを着た女性が信号待ちをしていた」という文は、非常に具体的です。時間、場所、服装、行動——多くの情報が含まれています。

一方、抽象的であるということは、情報を削ぎ落とすことを意味します。「人が街にいた」という文は抽象的です。時間も場所も服装も、すべてが省略されています。

つまり、具体から抽象へと移行することは、情報を減らすことです。逆に抽象から具体へと移行することは、情報を増やすことです。これは情報量という一つの尺度で測ることができます。

発散と収束:エネルギーの動き方の話

一方、発散と収束は、エネルギーがどのように動くかという概念です。

発散とは、エネルギーが広がっていく状態を指します。たとえば、一つのアイデアから複数のアイデアが生まれる、議論が多方向に展開する、可能性が増えていく——これらはすべて発散です。

収束とは、エネルギーが一点に集まっていく状態を指します。たとえば、複数のアイデアを統合して一つの結論を出す、議論を絞り込んでいく、選択肢を減らしていく——これらはすべて収束です。

発散と収束は、エネルギーの「ベクトル」や「指向性」に関わります。広がるか、集まるか。これは情報量の多寡とは別の話なのです。

なぜ混同してしまうのか

では、なぜこの二つを混同してしまうのでしょうか。